「日本一敷居の低い医師」を目指して取り組む在宅医療とは。 ―おぐまファミリークリニック 院長 小熊 哲也―

京阪神のベッドタウンとして発展する滋賀県草津市。2016年5月、新しいマンションが建ち並ぶJR南草津駅から徒歩3分の好立地に「おぐまファミリークリニック」は開業しました。院長の小熊先生は、滋賀県内で数少ない呼吸器内科の専門医として喘息や肺がん、COPDなどの外来・訪問診療を行うほか、滋賀吸入療法連携フォーラム(SKR)を通じて、喘息の吸入療法の普及活動も推進しておられます。

“人を診る医療”をテーマに在宅医療に力を入れる小熊先生に、これまでの地域での取り組みなどを伺いました。

 

4月28日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

 

<ドクタープロフィール>

▲小熊 哲也(おぐま・てつや)さん

おぐまファミリークリニック 院長

1970年1月生まれ。滋賀医科大学卒業後、愛知県厚生連加茂病院(現・豊田厚生病院)で研修を経て名古屋大学大学院博士号取得。その後、総合病院中津川市民病院呼吸器内科部長、滋賀医科大学呼吸器内科医員、同大学呼吸器内科助教、東近江総合医療センター呼吸器内科医長を務め、2016年5月におぐまファミリークリニックを開業。

患者さんの人生を考えたいと思い、呼吸器内科医を選択

―当初はどんな医師を目指していましたか?

私は消化器内科医になるために、豊富な実績のある名古屋大学に入局しました。当時、研修医は卒業と同時に入局するのが一般的でしたが、名古屋大学は現在の研修医と同じように1年間はローテーションで全科を回り、2年目に入局するシステム。2年目に内科に入ってから消化器内科、呼吸器内科、循環器内科、腎・内分泌内科の4カ所を経験して選んだのが呼吸器内科でした。

 

―もともと希望していた消化器内科ではなく、呼吸器内科を選んだ理由は?

私はおばあちゃんと話したかったんです。目上の方に失礼かもしれませんが、ものすごく可愛いんですよ。「じゃあ、診察しますね」と言うと「あら、恥ずかしい」とおっしゃったり(笑)。消化器内科だと朝から晩まで内視鏡検査を行うため、患者さんと話す時間はほんの僅かだったんです。

もうひとつは、呼吸器内科であれば、がんを診られることですね。日本人の死因の第1位はがんで、がんの中でも第1位は「肺がん」です。医師は誰しも最終的には看取りを経験するわけですが、患者さんに思い入れを持たなければできない仕事です。最期に自分自身が何を提供できるかを考えること。それが現在の私の在宅医療に繋がっています。

 

―人をとことん診ていきたいという気持ちが強かったのですか?

この患者さんには、どのタイミングで投薬して何カ月後に写真を撮る……。肺がんの治療は、何でもエビデンスで進める傾向があるので、好きではありませんでした。日進月歩で進んでいく医療の世界では、もちろん大切なことですが、そればかりで患者さんを診ていない。その人を診て、人生をどうしてあげたらいいのか、治療費のことや家族のことも考えていきたいと思いましたね。

▲呼吸器内科を選んだ理由について小熊先生は「患者さんとゆっくりと話すことができ、内視鏡や気管支鏡といった手技もある。自分に合った天職だと思っています」と語る。

 

その人らしく生きる環境づくりが、在宅医療の役割

―在宅医療に関わったのは、いつからですか?

名古屋大学で博士号を取得した後、中津川市民病院の勤務医時代です。中津川市は人口約8万人。医療圏の恵那市、南木曽町を合わせて15万人の圏域で肺がんの治療ができる医師は私1人。そんな陸の孤島のような地域で、初めて在宅医療に関わりました。

 

―病院と在宅の違いはどう感じましたか?

病院と自宅では患者さんの表情がまったく違います。さらに百聞は一見に如かずの言葉どおり、生活環境を見て患者さんに必要なもの、改善点が具体的にわかります。その人の生活、人生を診るというと言い過ぎかもしれませんが、良くするための道筋が見えてくる感じがしました。

 

―具体的なエピソードを教えてください。

ある在宅酸素療法中の患者さんのご自宅を訪問したとき、その方は画家で2階のアトリエに上がって絵を描いていることがわかったんです。そこで、自宅内でスムーズに移動ができるように酸素の機器をもう1台増やすようにしました。それからはずっと油絵を描き続けられ、最期までご自宅で過ごされました。

人は早いか遅いかの差はありますが、全員が亡くなります。生きている間に何ができるか。苦しくないように、自分のやりたいことができる環境をつくることが、在宅医療の役割のひとつだと思います

▲20年間、喘息に悩んでいた患者さんに適切な指導をしたところ、「駅の階段が登れるようになりました。20歳は若返ったような気がします。」と喜ばれたこともあったそう。「一人でも多くの患者さんを助けていきたいですね」と語る小熊医師。

 

“ここに来るといいことがある”クリニックを目指して

―もともと開業は考えていましたか?

自分で喘息をやるなら開業が向いていると思いました。滋賀吸入療法連携フォーラム(SKR)という組織を立ち上げる活動の中で知り合ったうさぎ薬局の丹波先生に、開業について話したところ、先輩からのアドバイスだったそうですが「薬局を開業するなら医師の人間性、この人となら添い遂げてもいいと思える医師と開業したい」と言われました。添い遂げるはオーバーですが、では一緒にやりましょうということで、土地探しからいろいろとお世話になり、在宅医療も始めました。

 

―在宅医療に抵抗はありませんでしたか?

最期を看取ることは在宅医療に必要ですが、まったく抵抗はありませんでした。よく考えてみると呼吸器内科は、がんを診るため、モルヒネを使い、人工呼吸器を扱う。重症の在宅患者さんを断る理由はひとつもありません。今でも天職だと思っています。

 

―現在の在宅患者さんの人数は?

2016年5月に開業、7月から始めて9人です(2017年1月現在)。クリニックは外来が中心のため、昼の時間を利用して訪問医療を行っています。呼吸器専門医で在宅医療もやっているからと地域の高齢者施設や病院、ケアマネージャーさんには「小熊先生は最期まで看取ってくれる先生だから」と頼りにされ、患者さんをご紹介いただいています。

 

―地域において、どんな存在になりたいですか?

重度の在宅患者さんには心のケアが必要です。そのためには何度も顔を見せることが大切なので、できるだけ近所の方を診たいと思っています。私はよく犬の散歩の途中に患者さんのご自宅に寄りますが、それは訪問ではないので点数は取りません。「先日は苦しくて」「それはこうした方がいいよ」と気軽に会話をしますが、いい意味で先生らしくない「日本一敷居の低い医師」を目指しています(笑)

 

―クリニックの内装がすごくカラフルで可愛いですね。どんなこだわりが?

私は人と話をすることが好きなので温かい雰囲気にしたいと思いました。建築デザインを依頼した成安造形大学と付き合ってわかったのは、「たばこをやめろ」という肺がんのポスターなどネガティブなものは、なるべく排除すべきであること。“ここに来るといいことがある”というコンセプトで学生のみなさんにデザインをお願いしました。だから「感染隔離部屋」ではなく「クマさんの部屋」「鳥さんの部屋」なんです。ほかの病院だとお子さんが泣くのにここでは泣かないと言われると嬉しく思います。

 

勉強会や研修会に参加をして人脈づくりを

―在宅医療でのギャップはありましたか?

在宅医療は24時間体制。たくさん電話が入り、緊急時には夜中でも診療に呼び出されるイメージを持っていましたが、そんなことはありません。私は直接受けてもいいと思い、重度の患者さんにはクリニックの携帯番号をお渡ししていますが、しっかりとした訪問看護師さんにファーストコールを受けてもらえると、そこで済むことがほとんどです。とても慣れているし、人間力も技術力もあります。また、私と患者さんとの信頼ができると「いつか行くから」という関係になれます。ただし、点数の付け方がわからなくて困りましたね。

 

―困ったときはどう対処したのですか?

詳しい先生に聞くことが一番いいと言いますが、聞く相手がいない。日中の忙しい時間帯や夜中に電話はできませんから。私は地域のフォーラムや医療・介護・福祉に関わる多職種が集まる「チーム大津京」の勉強会に参加しながら学び、「先生、これはどうしたらいいですか?」と頼れる先輩医師に直接聞くようにしています。

 

―在宅医療を目指す医師にアドバイスはありますか?

各地で研修会や勉強会が活発に実施されているので、まずはいろんな会に参加するのが一番。現場のことがよくわかり、いろんな顔見知りの人が増えると何でも相談ができます。在宅医療は本当に一生懸命で熱心な方が多いですね。

医師1人では何もできません。ケアマネージャーさんが全体をコントロールし、訪問看護師やヘルパー、リハビリ療法士、鍼灸師、歯科医師がいて、特に薬剤師さんにはとてもお世話になっていますね。多くの人に関わることで新しいことを覚え、患者さんによりよいサービスを提供できます。

 

―最後に、在宅医療と呼吸器内科の専門医としての目標は?

在宅医療と呼吸器内科を分けて考えることなく、地域に貢献していくうちに幅広い分野に取り組むことになると思います。皮膚が荒れた赤ちゃんも、泌尿器の悩みを持つ高齢者も診察しますし、町内会主催の勉強会で講演をすることもあります。地域に役立つというのは、そういうことだと思いますね。

あとは呼吸器内科を知らない人が多いので「診てもらったら呼吸が楽になる」といった気づきを地域に広めていきたい。ずっと咳が止まらない人がいたら「あそこに行ってみたら?」と言ってもらえるクリニックを目指したいですね。

▲クリニックの内装は成安造形大学の学生がデザイン。「看板がなければ普通の家のように見えます。誰もが気軽に相談に行けるクリニックにしたいと思い、つくりあげたものです」と小熊先生。

 

取材後記

オレンジ色の三角屋根が印象的な外観と、動物たちのカラフルなイラストが描かれた室内。従来にはない可愛らしいクリニックにまず驚きましたが、笑顔を絶やさず、穏やかに取材に応じてくださった小熊先生の“人を診るための医療”という想いが伝わってきました。在宅医慮はもちろんのこと、滋賀吸入療法連携フォーラム(SRK)をはじめとする地域を巻き込んだ活動、そこで知り合った多くの人脈を活かしてきた経緯は、これから在宅医療を目指す医師のお手本となり、行動を起こす後押しになると感じました。

 

◎取材先紹介

おぐまファミリークリニック

〒525-0050 滋賀県草津市南草津2-4-3
TEL:077-561-3288
http://www.medic-grp.co.jp/doctor/oguma/

<取材・文 藤田 美佐子 /撮影 前川 聡>

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