訪問診療クリニックの開業秘話!開業の魅力と失敗しやすいポイント(和智クリニック院長 和智恵子さん)

訪問診療専門の診療所開設の規制緩和により注目されている訪問診療専門クリニック。医療介護経営オンライン編集部は2008年から在宅療養支援診療所として訪問診療に取り組んでこられた和智クリニック院長の和智先生に開業時の苦労や現在の訪問診療の課題についてインタビューしてきました。

和智先生は元々建築がご専門。大学院で建築を学んだ後に渡米し、その時に出会った医師に感動したことで医学部受験を志し、46歳にして見事合格したという稀有なご経歴の持ち主です。現在は東京都・天王洲アイルに訪問診療クリニックを開業している彼女に、医療に対する熱い想いを伺いました。

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和智惠子(わち・けいこ)さん
医療法人社団けいわ会 和智クリニック院長

建築系の大学院を卒業後、ご主人の仕事の関係で渡米。その時アメリカで出会ったドクターに感銘をうけたことで医学の道を志す。30歳代後半から子育ての合間を縫って医学部受験の勉強を始め46歳の時に東邦大学医学部に入学、52歳で医師免許を取得。病院勤務の後、2008年に当時としては珍しい訪問診療の和智クリニックを開業。現在は訪問診療だけでなく予約外来も受け付け、地域の医療を支えている。

46歳からの医学部入学とクリニックの開業

―どうして訪問診療の開業医になろうと思ったのですか?

大学院を卒業して渡米したのですが、その時アメリカでお世話になった開業医のドクターが、とても素敵な先生だったんです。現在は異なるようですが、アメリカでは「マイドクター」という自分の担当医がいて、当時は夜中に電話をしても必ず電話に出て相談に乗ってくださいました。それがとても心強くて私もそんな医師になりたいと強く思うようになりました。

日本の総合病院の場合はいつの間にか患者さんの担当医が変わってしまうことがよくあります。私は一人の患者さんを継続して診たいと思っているので、そのためには開業医がベストだと思ったんです。その中でも訪問診療に力を入れてやっていきたいと考えたのは、患者さんに対して24時間責任を持つ仕事だからです。昔、アメリカで頼りにしたように24時間ずっと頼りにされたいと思ったんです。

でも、実は、開業を決めた時に協力してもらった開業コンサルタントさんと話をしていく中で「訪問診療」という選択肢があることに気づいたんです。あの時の会話がなかったら、訪問診療ではない開業医になっていたかもしれません(笑) 

―もう少し開業時の詳しいお話を聞かせてください。

私には開業に関するノウハウがなかったので、開業に詳しいコンサルタントさんにサポートをお願いしました。ちょうど物件を探し始めた頃に「訪問診療はいかがでしょう」と声をかけてくださったコンサルタントさんがいらして。その方のおかげで「訪問診療のクリニック」を開業しようと思ったんです。

訪問診療で開業するポイントは、設備が少なくて済み、初期投資が余りかからないことでした。その上、私の場合は幸運なことに、開業した品川区の起業支援制度の「女性」「初めての起業」「60歳を超えている」などの条件をクリアできたので、品川区の融資を利用させて頂くことができました。これも多方面に詳しいコンサルタントと組めたおかげでしたね。おかげで資金面での不安が少ない状態で開業できたので本当に良かったと思います。

開業当初の苦労は「資金計画」と「集患」

―開業の際に一番ご苦労することは何でしょうか?

一般的にはやはり「資金計画」「集患」が一番苦労するようですね。私はたまたま良いご縁があったことで、資金についてはスムーズに開業できた方だと思います。でも、開業コンサルタントによっては自宅兼医院を建てるために相当なお金の借り入れを勧めたりすることもあるそうで、最初から大きな負債を抱えたスタートになってしまう開業医もいるそうです。資金繰りについては慎重に検討する必要がありますね。

よく、医師としての実績があるから経営もうまくいくと思って開業されて苦労される話を聞きますが、経営については素人だと割り切って、良いパートナーを探すことが大事ですね

―集患についてはいかがでしたか?

集患は最初かなり苦労しました。開業時は患者さんが「一人」からのスタートでしたし、開業から2~3年間は病院やケアマネージャーさんからご紹介いただく方のほとんどが他の医師があまり対応したがらない重症患者さんが多く、その分、深夜の呼び出しも多くて大変でした。午前4時5時に往診に出向くと9時からの診察前に眠ることができないこともあるので、体力的にもかなり負担が大きかったですね。

これは訪問診療の「ビギナー」がみんな通る道のようなので覚悟が必要かもしれません。。開業当初は一件一件がかなり大変です。今は病状が安定した方を任されることが増えましたし、非常勤の先生との連携もできていますので、休日も確保できて自分の時間や勉強の時間を取ることができるようになりました。

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1日に診る患者数は、予定では12人前後それに1-2人の臨時コールが入ります。夕方訪問から戻ってから予約外来の診察が入ることもあります。

訪問診療は患者さんの人生に長く付き添えるから面白い

―訪問診療のクリニックのやりがいはどんなことでしょうか?

一人一人の患者さんと長くおつきあいができること、様々な疾患の様々なステージに出会うことができることだと思います。開業当初から7年くらい担当している患者さんがいますが、そうなると患者さんとも家族さんとも、かなり密なお話ができるようになります。患者さんの人生観やご家族の価値観などにも触れることができる。いつになっても勉強になります。

私が定期的に伺うことを本当に楽しみにして下さる患者さんもたくさんおられます。患者さんやご家族さんが喜んでくれる笑顔を見られることが一番嬉しいですね。

―印象に残っている出来事を教えてください。

長期間担当していたある患者さんの息子さんからの言葉が記憶に残っています。「医療介護の専門家はシェルパ(登山の案内役)であってほしい。あくまで山を登るのは私達患者と家族です」という言葉です。

主役はあくまで患者さんとご家族。在宅医療は一人一人の人生観、家族環境によって無限のパターンがあり、在宅医療には決してスタンダードは存在しないオーダーメイドな医療です。だからこそ、医師はその人生の医療・健康面での危機回避アドバイザーであり、主役の努力をサポートすべきなのだ、と納得しました。医師が「どこまで何をするか」というのは、患者さんとご家族の想いの医療的な反映でもあります。

訪問診療クリニックを開業する医師へのアドバイス

―今後、訪問診療の分野で開業しようとお考えの方へアドバイスをお願いします。

「外来を設けなくていい在宅医療専門の医療機関」が2016年4月から新設されました。新設された在宅医療専門の医療機関は初期の設備投資や運営コストが少なくて済むため、身軽に開業できるなどの大きなメリットがあります。その反面、かなりの条件をクリアしないと診療報酬が低くなる可能性があります。そのため、経営者の目線で「本当に採算が取れるのか」という経営計画を事前に綿密に検討しておいた方がよいと思います。

また、見落としがちですが「訪問予定を組む」のも非常に大変です。高齢者の方は本当にお忙しいんです。「この曜日は入浴」「この曜日はデイサービス」だからこの日のこの時間しか空いてないとか。訪問予定を組むことは訪問件数に直接影響するので、慣れないうちはかなり苦戦しました。

現場で起きている課題は共有する場所も機会も少ないので、もっとクリニック間で連携を取っていければ良いと思いました。もし身近な方に開業なさったご友人がいらっしゃったら積極的に情報収集をされれば良いと思います。

―訪問診療クリニックを開業する時に気をつけるべきことは?

「患者さんの引き抜き」について日本では法整備がまだされていないので、患者さんの引き抜きを恐れて、医師同士の連携が上手く取れないことも多くあります。私も「連携してお互いの負担を減らせないかな」と近隣のクリニックにご挨拶に行ったとき「うちは自分で回せているから」とあっさり断られてしまったこともあります。

結局、今の日本で24時間体制の訪問診療をするには信頼できる非常勤・常勤の先生を自分で探すしかありません。「どれだけ信頼できる人に土日や深夜を受け持っていただけるか?」は永遠のテーマです。「診診連携」という言葉が生まれ、クリニック間の連携への意識は高まってきているようにも感じますが、まだまだドクターの本音としては難しいだろうと思っています。これは今後の大きな課題ですね。

現在の在宅医療の課題とは

―訪問診療クリニックを取り巻く環境にはどんな課題がありますか?

まずは、クリニック経営の問題として小規模のクリニックが直面する大問題は「診療報酬改定」です。2年ごとの改訂と、4年に1度大改訂。システムや書類もアップデートが必要で手間も費用もかかります。病院であればシステム担当者が対応してくれたりしますが、少人数で経営している訪問診療クリニックでは、この対応が一大事です。仕方のない話ではありますが、なんとか効率的に対応できるようにしたいものですね。

また、患者さんの住所や滞在時間などの記録、そして今回の改定で重症度の記録もカルテに記入が必要になりました。結果的に医師やスタッフの負担が増えています。

在宅医療は、医療従事者側に「体力・気力」が必要な仕事です。患者さんをお預かりすると投げ出すことはできませんので、もっと法律・制度やIT技術の整備を進め、先ほどお話ししたように、診診連携も制度を整備して推進してクリニック経営の効率を良くし、増え続ける患者数に対応していくことが必要だと思います。

―在宅医療全体にはどんな課題を感じられますか?

今はまだ大きな議論にはなっていませんが「医療の質」の問題も、これから出てくると思います。在宅医療は第三者の目がないところで行われます。従ってより一層襟を正し、「この患者さんが自分の親だったら、子供だったら、これでいいか?」と常に問い直すことが必要だと思います。

―今後力を入れていきたいことを教えてください 

最近、当クリニックの部屋を使って「勉強会」をはじめました。認知症の勉強など在宅医療の現場に必要な知識や事例の共有を行っています。来月からはケアマネージャーさんや看護師さんヘルパーさんにも参加していただこうと思っています。この勉強会は、お昼の12:30~13:30という時間に設定しているので、夕方から始まる勉強会よりはお子さんのいらっしゃる方やご家庭のある方でも参加しやすい設定だと思います。今後も積極的に開催し、知識を深めるだけではなく、同じ地域で働く看護師さんやケアマネージャーさん、介護職の皆さんと交流する機会を持ちたいと思っています。

◎港区・品川区を走り回る和智クリニックの訪問車。和智先生を含め非常勤医師、看護助手、ドライバーさんの3名で移動している。診療後には車中で看護助手がカルテ入力をするなど、無駄のないチームプレイで日々12件プラス1-3件を訪問している。

在宅医療の質を高めて世界に発信したい

—最後に読者へのメッセージをお願いいたします。

日本の保険制度は本当に素晴らしいです。誰でもいつでもどこでも同じ費用で医療を受けることができます。協力して保険制度の持続を支えていきたいと思います。

開業前にハーバード大学の医学部書店に行き「訪問診療の本はありますか?」とお店の人に聞いたら「訪問診療なんて古いんじゃない?」と答えが返ってきました。果たしてアメリカでは今後はどうなるでしょう?

日本の在宅医療や介護サービスは素晴らしいレベルにあると思います。これから日本の在宅医療を世界へ発信できるように、携わる人たちが誇りを持ってレベルアップしていきたいですね!

◎取材先紹介

医療法人社団けいわ会 和智クリニック 
東京都品川区東品川2-2-25 サンウッド品川 天王洲タワー1803
TEL:03-5479-6232
http://www.wachiclinic.com/

 

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