在宅医療が医療のメインロードになる時代はすぐそこに。 ―長尾クリニック 院長 長尾 和宏―

長尾クリニックは阪神・淡路大震災の年、1995年に地域のかかりつけ医を目指して尼崎市に開業。複数の常勤医による連携で年中無休の外来診療と24時間体制の在宅医療に従事しています。さらに在宅医療ステーションを併設し、在宅療養支援診療所として訪問看護、ケアマネジメントを含めた総合的な在宅ケアを提供。2008年に人間ドック、健康診断、特定検診などを行う予防医療センターを開設。2016年には地域の介護職員のレベルアップを目的に「国立かいご学院」を開設するなど幅広い事業を展開しています。

今回は、在宅医療の意義や将来性、仕事のやりがい、これから在宅医療を目指す医師へのアドバイスを中心にお話を伺います。

 

3月10日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

 

<ドクタープロフィール>

▲長尾 和宏(ながお・かずひろ)さん

長尾クリニック 院長

【経歴】

東京医大卒業後、大阪第二内科入局。1995年に尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで“人を診る”総合診療を目指す。医学博士。『平穏死・10の条件』『薬のやめどき』『痛くない死に方』など著書多数。関西国際大学の客員教授、日本尊厳死協会副理事長・関西支部長も務める。

前人未到の超高齢化社会。在宅医療は早めに始めるべき

―これからは在宅医療が医療の主流になってきますか?

現在、日本では4人に1人以上が高齢者となり、年間130万人の方が亡くなっていますが、この数字が160~170万人まで増えて多死社会を迎えます。団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年から本格的に始まり、ピーク時期と予測される2036年~2039年には、現在の1.5倍に増加。そして団塊世代が亡くなった後に団塊ジュニアのピークが2039年の25年後に訪れます。今、日本で起こっていることは前人未踏の誰も見たことのない世界。これから数十年、死亡者数は右肩上がりということは、言葉は悪いですが医師にとって在宅医療は確実な成長分野と言えます。

 

―在宅医療のニーズは加速的に高まる訳ですね

3000万人を超える高齢者のうち、75歳以上の後期高齢者は1650万人程度。ちなみに前回の東京オリンピックが開催された50年前は160万人だったので10倍以上に増えています。日本の人口が減り、通院できる高齢者が少なくなれば、外来の患者数が減るのは当然のことです。

現在の要介護期間は10年前後です。そのうち、心筋梗塞やくも膜下出血、事故などの突然死が約5%。95%は終末期を過ごす訳ですから2039年には170万人×95%=150万人の方々が「支える医療」を受ける時代になってきます。「支える医療」とは在宅医療を指し、対して病院の医療は「治す医療」と言えます。在宅患者さんの多くは、末期がんや認知症の方で、高齢になるほど治せない病気が増えてくるため、生活を支えることが医師の使命になります。

 

―医師に求められることは今後変化していきますか?

「介護」という言葉が生まれたのは1990年。これからは医療と介護が一体になっていきます。厚生労働省は「時々入院、ほぼ在宅」の方針を打ち出し、多死社会を乗り超えるために地域包括ケアシステムを構築。病院・施設から在宅への移行を図っています。研修医が医師を辞めるまで、平均期間が40年とすると、みなさんが引退するまでそういう時代が続き、ますます加速していきます。

 

―しかし、在宅医療に取り組む医師は、まだまだ少数派ですね

医師は病院で患者さんを待っているのが当たり前。これまでは治す医療しか教わっていないため、支えると言っても「どうしたらいいのかわからない」というのが正直なところでしょう。しかし、在宅医療は決して新しいものではありません。私は1995年から在宅医療に取り組んでいますが、それは医療の原点は往診にあると思っているからです。これからの医療のメインロードは、在宅医療になっていくでしょう。

▲「私は複数の大学で講義をしていますが、医学部で教わるカリキュラムも劇的に変わり、いずれは在宅医療学というカテゴリーも出てくると思います」と語る長尾医師。

 

患者さんと近い距離で、同じ時代を共に生きる喜びを実感

―医師に在宅医療を勧めるのはなぜでしょうか?

先に在宅医療の将来性や意義について話しましたが、一番伝えたいのは「その人を支える・楽しむ医療」であることです。医師は長く診れば診るほど良いというのが私の考え。クリニックの開業当初から22年間診ている患者さんもいらっしゃいますが、長く診させていただくことが医師の喜びです。病院の平均在院日数は16日間。16日と10年20年の医療とでは、後者の方が楽しく、お互いにとって良いことなのです。

 

―病院と在宅医療はまったく違いますね

病院の医師は、手術で救命をしたり、病気を治すことにやりがいを感じていると思います。一方、在宅医療では一緒に笑いながら共に同じ時代を生きる喜びを感じられる。それだけ患者さんとの距離が近いのです。患者さんが1人称、家族が2人称であれば、病院は3人称。在宅医療は2人称、最近では独居の方も増えていますから1.5人称まで近づいています。医師と患者さんが一心同体とまでは言いませんが、視点や立ち位置はまったく異質なのです。

 

―長尾クリニックさんでは患者さんと触れ合うためにどんな取り組みを?

診療所では通年に渡ってイベントを開催していますが、私も最近、要介護5の患者さんたちと台湾旅行に行ってきました。専属のカメラスタッフが同行して、患者さんの最高の笑顔を撮り、会話を記録してクラウドにアップしたり、DVDにしてご家族にプレゼントしていますよ。クリスマス会やお花見などのイベントでも人工呼吸器を装着した方が参加されます。難病だから諦めるのではなく、みんなで連れてきて歌ったり、踊ったり。在宅医療は家だけで行っている訳ではないのです。

 

―言葉で言うのは簡単ですが、なかなかできないことです

在宅医療では、患者さんの病気だけでなく生活すべて、そして家族全員を亡くなった後も見守ります。医師免許は人の死に直面する凄いライセンスで、生命の根源に関われる職業です。私は病院勤務時代にたくさんの人に感謝されましたが、今の方が数倍感謝されます。楽しい、嬉しい……何とも伝えることは難しいですね。

▲「毎年、桜の時期にお花見を開催して100人近くの方と写真を撮ります。これも一期一会。その後に患者さんを看取って家族と思い出を語り合う、その連鎖ですね」と在宅医療について語る。

 

機能分化や専門分化など、在宅医療の形態は多様化へ

―長尾クリニックさんは外来と在宅の混合型なのですね。

当クリニックはミックス型診療所、つまり町医者型です。支える医療の中には治す医療も混在しているので、看取りだけでなく、救える命はきちんと対処して尊厳のある延命をします。在宅医療をしたら専門医を取れないと思われがちですが、当クリニックには内視鏡学会の専門医、消化器学会の専門医の両方を持つ医師が4人います。治す医療の名手は、支える医療の名手。専門性と総合性を両立することが大切です。

 

―在宅医療では幅広い知識が求められる訳ですね

胃も食道も心臓も何でも診られるのが本来の医師。在宅医療をやっていると自然と総合力が身につきますし、診療科目の枠にとらわれない自由度の高さが魅力です。また、これまでは末期がんがクローズアップされてきましたが、認知症あるいは心不全や肝硬変、慢性閉塞性肺疾患(COPD)をはじめとする臓器不全症の在宅医療を各論で研究する必要があります。

 

―今後、クリニックの形態も変わってきますか?

在宅医療を提供する診療所にはミックス型、単独型、機能強化型などがあります。当クリニックは単独型・機能強化型の在宅支援診療所というカテゴリーで、常勤医師の人数や緊急の往診実績、看取り実績などの一定の条件をクリアした診療所。常勤医7人体制で内視鏡やCT、エコーなどの検査機器と各分野の専門技士を充実させ、在宅医療では地域連携部、居宅介護支援事業、訪問看護ステーション、訪問リハビリなどを備えています。まだ、全国に10カ所程度ですが、電子カルテやICTツールの普及で実現しやすくなってきました。さらに従来はクリニックに医師1人の体制でしたが、24時間365日対応できる複数医師が標準になってくると思いますね。

 

―在宅医療の専門性という観点ではどうですか?

病院が内科、外科、耳鼻科と分かれているように在宅医療も機能分化、専門分化しつつあり、PEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)を専門で取り組んでいる医師もいます。そういった地域の実情に応じた機能分化が求められるなか、場所によってはがんセンターの前にがんの緩和ケア専門のクリニックがあってもいい。マーケットは自由ですから、これから在宅医療をスタートする方には、自分の診療所機能や目指す方向性を決めて取り組んでほしいですね。

▲消化器内視鏡や内科をはじめ、5つの専門医資格を持つ長尾医師。在宅医療では枠にとらわれず、自分のやりたいことを自由に学び、患者さんに提供できることが魅力だと言う。

 

研修の受け皿は多数。医師には開業以外の働き方の選択肢を。

―在宅医療に興味を持った医師は何から始めたらいいでしょう?

在宅医療の普及・推進を行う一般社団法人全国在宅療養診療所連絡会では、教育活動に取り組んでいます。希望する医師であれば年齢を問わずに誰もが研修を受けることができ、研修期間も1日から数カ月まで本人の都合を考慮してくれます。連絡会を通じて申し込んでもいいし、個人的に直接医師にお願いする方法もあります。当クリニックでも数多くの医師を受け入れてきました。在宅医療の現場はオープンですし、メディアに登場している医師であれば断ることはないと思います。まずは1週間程度、休暇を取って見学してみるといいでしょう。

 

―経験を積んでから開業という流れになりますか?

先ほど複数医師の話をしましたが、医師募集をする在宅療養支援診療所はたくさんあり、1~2年勤務して開業することが可能。さらに「診療所勤務医」という働き方も選択肢にはあります。開業のリスクを背負わず、安定した経営基盤の中で仕事ができますし、当クリニックの勤務医は週休2日制で、毎年長期の休暇を取ることも可能なんです。育児と両立して活躍する女医さんの実績もありますよ。

 

―在宅医や診療所を選ぶときのポイントとは?

残念ながら在宅医のクオリティを測る指標はあまりありません。現行であるのは看取り数ぐらいで、全国の診療所の実績がメディアに公表されています。今はまだ量の時代。質の時代へと移行したら、選ばれる病院ランキングのようなものができるのでしょうね。質が問われる時代がいずれやってきます。

 

―先生なら、どんな視点で判断しますか?

患者さんの満足度です。ご本人が満足していることが一番良い医療だと思います。残念ながらご本人が亡くなっているのであれば、その代弁者は家族。家族の満足度が高いことが大切でしょうね。治せない医療であれば、あとは満足医療や納得医療を目指していく。評価するのは患者さん側です。

 

―最後に、先生の今後の取り組みについて教えてください

在宅医療は考えることもやることもたくさんあります。2016年には私塾「国立かいご学院」を開設して看護師や薬剤師、理学療法士といった多職種の育成をスタートしました。当クリニック以外の方も対象にしています。「国立」を「こくりつ」ではなく「こくりゅう」と読むのは、国になり変わって私が立ちあがるという意味を込めているからです。こういった活動こそが、機能強化型在宅療養支援診療所の本来の役割だと思っています。


取材後記

今回の取材では、在宅医療がこれからの医療の中心になることを再認識すると共に、診療所の機能分化や専門化の推進、開業医や勤務医としての働き方があることを発見しました。在宅医療は自由度が高く、自分のやりたい医療とワークライフバランスを大切にした生活を実現できることに魅力を感じます。

取材で特に印象に残ったのは、みなさんと旅行やイベントを楽しんでいる写真を見ながら、患者一人ひとりのストーリーを楽しそうに語る長尾先生の笑顔です。この記事が支える医療へと踏み出すきっかけになれたらいいと強く感じました。長尾クリニックでは研修の受入れや医師募集も積極的に行っているので興味をお持ちの方は、問い合わせしてみることをおすすめします。

 

◎取材先紹介

長尾クリニック

〒660-0881
兵庫県尼崎市昭和通7丁目242
TEL:06-6412-9090
http://www.nagaoclinic.or.jp/

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