組織と情報の整備が在宅医療の質につながる -医療法人おひさま会 おひさまクリニック西宮 院長 福田俊一-

長期間の病院勤務を経て独立開業を機に在宅医療を始めるドクターも多いなか、福田先生は後期研修医だった29歳の時に、在宅医療に力を注ぐ「おひさま会」へ転職しました。決め手の一つになったのが、医師として診療に集中できる環境、診療スケジュールやカルテなどの情報共有システムといった法人組織のバックアップ体制だったそうです。

現在は、おひさま会グループの西宮エリアのクリニック院長の一人として、業務改善の問題点や改善策などの提起も行い、制度やシステムのブラッシュアップにも携わっています。福田先生に在宅医療を志した経緯や組織の中で在宅医として働く意義、今後の目標をお聞きしました。

3月24日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

 

<ドクタープロフィール>

▲福田 俊一(ふくだ・しゅんいち)医師

医療法人おひさま会 おひさまクリニック西宮 院長

京都府立医科大学医学部医学科卒業。神戸市立医療センター中央市民病院の研修医、兵庫医科大学・呼吸器外科、市立伊丹病院・呼吸器外科の勤務医を経て、2013年に医療法人おひさま会・やまぐちクリニックへ入職。2015年より同法人・おひさまクリニック西宮の院長に就任。

29歳の若さで飛び込んだ在宅医療の世界

—在宅医療に興味を持った、きっかけを教えてください。

僕が医大生の頃、認知症だった祖父を医師である父が診ていたんです。父は勤務医でしたが、週何日かは仕事帰りに実家へ立ち寄り、祖父の病状を見守り続けていました。僕も大学の夏休みに祖父の様子を見に行ったり、具合が良くない時は泊まり込みで父を手伝ったり。最終的に家で看取ることは叶わなかったんですが、一人前の医師になる以前から在宅医療を身近に感じていたことが原体験としてあるのかも知れません。

医大を卒業後、呼吸器外科の医師として病院勤務をしながら、がんを再発した患者さんを診る機会が増え、再び在宅医療を意識するようになりました。手術や化学療法ができなくなった終末期の患者さんを長期的に病院で診ることは難しい。「ご自宅でのフォローはどうなっているんだろう」「痛みなく穏やかに過ごされているだろうか」と気になりながらも、病院勤務の外科医としては介入ができない。そのジレンマが日増しに強くなり、住み慣れた神戸周辺で在宅医療に力を注いでいる法人やクリニックがないかを調べて「おひさま会」の存在を知りました。

 

—転職先として在宅医療のクリニックを選んだのですね。何が決め手になったのでしょう?

在宅医療は、24時間365日体制で待機し、何もかも自分でやらなければならない。ある程度キャリアを積んだベテラン医師でないと難しい。そんな風に勝手にイメージしていたのですが、おひさま会の理事長(山口高秀氏)が院長を務める神戸・垂水区の「やまぐちクリニック」の訪問診療を見学させてもらい、目からウロコが落ちる思いがしました。僕とそう年の変わらない若手ドクターも活躍しているエネルギッシュな組織で、医師の本分である診察に集中できる環境や体制が想像以上に確立されていたんです。

 

—特に驚かれたのは、どんな点ですか?

「メディカルスタッフ」と呼ばれる専任の医療事務スタッフが、患者さんと医師のハブ役を担っていることです。患者さんからの問い合わせや要請を受け、担当医師への引き継ぎ、訪問診療の予定表管理、提携している外部の訪問看護師や薬剤師への連絡や処方箋の発行、レセプト業務まで一括して引き受けてくれます。

往診車とドライバー体制も整っていて、医師はメディカルスタッフが組んでくれたた診療スケジュールに沿って、往診すればOK。多くの事務作業の負担から開放され、診察と患者さんやご家族とのコミュニケーションに専念することができます。

また、おひさま会は関西2拠点、関東3拠点のクリニックを展開していて、グループ内の医師全員の予定表、全ての患者さんのカルテ、服用記録、診療記録などの医療データを、いつでも・どこにいても情報共有できる独自の情報活用システム(おひさまシステム)とモバイルツールも導入していました。さらに、メディカルスタッフが当番制で夜間の緊急コールに対応する夜間診療体制まで整っていたんです。

院長として訪問件数の増加と医療の質の担保を舵取り

—西宮の院長に就任した時期と、現在の訪問診療件数などを教えてください。

入職して2年ほど「やまぐちクリニック」で学ばせてもらい、2015年8月に現在の「おひさまクリニック西宮」の院長に就任しました。常勤医師は僕を含めて2人、メディカルスタッフは常時3〜5人のチーム体制です。地域との連携を重視するクリニック方針もあり、常勤の看護師はいません。患者さんの居住エリアに近い訪問看護師さん、ケアマネージャーさん、介護ヘルパーさん、薬剤師さんに協力していただき、約300人の患者さんを訪問しています。

 

—院長に就任されてからの気づきや変化はありますか?

メディカルスタッフと週1回、業務改善を課題にミーティングを行って連携を深めるよう心がけ、患者さんとご家族へ向けて満足度アンケートも実施しました。その中で気付いたのが、患者さんや訪問看護師さんからの緊急時の問い合わせ対応について、医師と直接コミュニケーションできないことに不安を感じていらっしゃる方が想像以上に多いことでした。いつ電話をしてもメディカルスタッフを通して必ず担当医師へ繋がるメリットがある反面、容態の急変時などは第三者を介すことで、微妙な症状のニュアンスが伝わりづらくなるデメリットもあることに気づきました。

その反省から、最近は状況に応じて、担当医師から患者さんや訪問看護師さんへ電話を折り返し、息苦しさを訴えているなら具体的にどんな呼吸なのか、緊急往診が必要なレベルなのかなど、実際のニュアンスを医師がダイレクトに確認するよう、体制をブラッシュアップしました。

 

—より多くの患者さんを診る、一人の患者さんをより深く診る。どちらも大事なんですね。

そのバランスの取り方が、なかなか難しいんですけどね(苦笑)。重点的にがん終末期の患者さんには、できる限り診療時間を確保し、痛みを和らげる緩和ケアなどのフォローを心がけています。

▲おひさま会グループ全体の患者数は約2000人、関西2拠点で約1100人を訪問診療している。「適度な効率化があればこそ、手をかけるべき診療に時間をさけるんです」と強調する福田先生。

年間平均60人の看取りで気づいた他職種連携と対話の大切さ

—在宅医療の現場で感じた、戸惑いや気づきはありますか?

在宅医療=居宅(自宅療養)の患者さんだけではなく、高齢者向け施設への訪問診療も含まれるのですが、施設によって看取りに対するスタンスや看護師さんの権限が異なることに最初は戸惑いました。スタッフの精神的負担を懸念して「看取りはしません」という方針の施設があったり、看護師さんが所属する施設や組織、地域によっても、患者さんへの採血や点滴をお願いできる・できないという細かなルールの違いがあったり。患者さんご本人が望む場所で最期を迎えるお手伝いをするのが在宅医療なのに、というもどかしさを感じました。

 

—そのギャップは、どう埋めていったのですか?

こちらから施設に働きかけたり、地域の訪問看護ステーションで看取りの勉強会を開催するなどして、連携を深めてゆくうち、少しずつですが「患者さんご本人が望む最期を皆で支えよう」という意識が芽生えたり、組織としての方針を変えてくれた施設もあります。現在は、がん末期の患者さんの場合は、訪問看護師さんや薬剤師と事前共有する場を設けて、緊急時の薬剤の処方などをあらかじめ決めておく場合もあります。

 

—組織の枠を超えた、良い意味でのチームルール作りですね!

病院内で容態が急変した時とは異なり、在宅医療の場合は緊急連絡があってから医師が往診して処方箋を出し、薬局の薬剤師が届け、医師や訪問看護師が点滴などの処置を行う対応が一般的です。1時間以上のタイムラグが生じてしまう可能性もあり、その間ずっと患者さんに痛みをこらえてください、というのはあまりにも酷です。そうした時間差をできるだけ短縮させる目的と、「痛みを訴える可能性がある」という患者さんや介護する方への予見アナウンスを兼ねています。

 

—医師として看取りをされる上で、大切にされていることはありますか?

患者さんを看取られるご家族や介護される方とのコミュニケーションです。看取りの経験がなく、適切な情報を得られないままだと、病状の変化に過敏になりすぎてしまうこともありますから。

例えば、口から食べられなくなった場合、患者さんの身体が栄養を受け付けていない状態で無理に栄養を入れると、身体が受け付けず倦怠感を増悪させてしまい逆効果になることもあります。また、命の灯が消える際には「喘鳴(ぜんめい)」「下顎呼吸(かがくこきゅう)」という兆候があり、一見苦しんでいるように見えてしまうのですが、決してそうではありません。一方、聴覚は比較的機能していることが多いので、感謝や労いの言葉など、耳元で声をかけ続けてあげれば、返事はできなくても聞こえている可能性が高いのです。

そういう細かいアナウンスを医師として可能な限りご家族へすることで、ご本人が望んでいる穏やかな最期、ご家族が後悔しないお見送りを叶えるお手伝いができたら、と思っています。

▲年間50〜60人の看取りしている福田先生。「勤務医時代に感じた、不完全燃焼感みたいなものは全くないですね。患者さんと最期まで向き合えるありがたさを日々、実感しています」

緩和ケアを通じてより質の高い医療を目指したい

—先生ご自身やクリニックの展望を教えてください

がん末期の患者さんへの緩和ケアの重要性を感じていて、そのためのスキル習得を目指し、2016年5月から市立芦屋病院の緩和ケア病棟で半日×週3日の非常勤ドクターを兼任しています。病院のマンパワー不足を微力ながらお手伝いできたらという思いもありますし、緩和ケア病棟に入院している患者さんの中には「最期は家に帰りたい」と望んでおられる方も多いので、病院から在宅へタイミングを逃さずスムーズに移行できる仕組みを作れたらという思いもあります。

回復の見込みがない病状が重い患者さんでも、「今なら在宅へ移行できる」という数少ないチャンスは訪れます。でも、そのタイミングを見逃してしまうと、最期まで病棟で過ごすことに。いざ、明日なら退院できる!となった時に、在宅の体制をスピーディに実現できるようサポートできれば、在宅医としてこれほど嬉しいことはありません。退院後、数日で亡くなった患者さんもいらっしゃいますが、家で過ごせたのはわずかな期間でも、ご家族の納得感も違いますし、意味のある看取りになるのだと感じています。

 

—今後は通院できなくなってから在宅医療、という流れでは遅すぎる?

通院困難な段階になってから看取りまでが在宅医療なのではなく、逆算して、健康な段階から医師が介入して健康寿命を延ばす流れになるのが理想的だと思います。まずは医療保険や介護保険の制度とは関係ないところから、健康寿命を延ばすための取り組みが世の中に増えていくと良い流れにつながる気がしています。

▲クリニック院長と病院の緩和ケア病棟の非常勤医師を兼任する忙しい日々も「僕の不在時に往診してくれるドクター仲間とバックアップ体制が揃っていればこそ」と感謝を述べる福田先生。

医師不足は深刻!病院やクリニックが競合する時代から協働する時代へ

—現在の在宅医療のどんなところに課題を感じますか?

やはり在宅医そのものが、まだまだ少ないと感じます。医師一人が診られる患者数には限界がありますし、これからは地域の病院やクリニック同士が競合する時代ではなく、協働する時代です。僕自身、病院の緩和ケア病棟で非常勤医師を兼任しているのは、そうした思いもあるからです。他にも、地域の医師会で頑張っておられる先輩医師の会に毎月参加して連携の仕組みを話し合ったり、当クリニックの前院長が隣接エリアで独立開業されたので緊急時の往診をお互いに助け合ったりしています。

ただ、おひさま会グループ内では独自のシステムが確立されているので、患者さん情報の共有や診療指示が時間と場所を選ばず可能ですが、組織やクリニックの枠を超える場合の情報共有はセキュリティや安全性の問題から、まだまだ難しいのが現状。どなたか、画期的なシステムを提案してくださると助かるんですが(笑)

 

—これから在宅医療を目指すドクターにメッセージを。

医師としての専門スキル以上に大切なのは、他職種との連携、患者さんとのコミュニケーション。僕は後期研修医の時にこの世界へ飛び込み、現場で働きながら訪問看護師さん、ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、薬剤師さん、歯科衛生士さん、管理栄養士さん、患者さんとご家族から学ばせてもらいました。今、振り返ると未熟でも早く行動して良かったと思います。僕が出会った「おひさま会」をはじめ、どの地域にも在宅医療に関心があるドクターの見学を歓迎しているクリニックや法人組織があると思います。まずは、現場を知ることから始めてみてください。

 

取材後記

爽やかな笑顔が印象的な福田先生。今後のビジョンとして、タブレットやスマホを活用した遠隔診療の話題にも触れ、「顔色や呼吸など、電話では伝わりにくいことが動画なら一目瞭然。駆けつけるまでの時間も考慮した対策を講じられます」と想いを語ってくださいました。時代に合った柔軟な進化を続けることが、在宅医療の未来を切り拓く鍵となりそうです。

 

◎取材先紹介

医療法人おひさま会 おひさまクリニック西宮

兵庫県西宮市柳本町1−23−1階
電話:0798−75−6460 FAX:0798−75−6461

医療法人おひさま会のホームページ
https://zaitaku-clinic.net

 

(取材・文/野村ゆき、撮影・前川 聡)

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