食サポートの探究を通して、 “いきる”に寄り添い、“希望と喜び”を届けたい。 歯科医師が“食サポート”に込めた願い。 -湘南食サポート歯科 理事長 三幣 利克-

神奈川県・藤沢市にある「湘南食サポート歯科」は、その名の通り「食べる」ことに悩む患者さんを歯科領域からサポートする在宅療養支援歯科診療所です。理事長であり、歯科医師として活躍する三幣先生に、訪問診療に携わるようになった出発点、訪問診療における医科歯科連携の重要性、さらに今後のビジョンなどを語っていただきました。

5月26日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

 

<プロフィール>

▲三幣利克(みぬさ・としかつ)理事長

医療法人社団若葉会 湘南食サポート歯科 理事長

1974年、東京都生まれ。東京歯科大学卒業。天野歯科医院、石井宏歯科診療所、医療法人健友会 川越歯科クリニックの勤務医を経て、2007年に医療法人社団コンパス コンパスデンタルクリニックを設立。首都圏を中心に全国8エリアで在宅療養支援歯科診療所を展開する。2017年1月より「最期まで食べる喜びをサポートする歯科医療」を目指し、医療法人社団若葉会 理事長に就任。歯科医師として自ら訪問診療へ赴きながら、地域医療連携の未来のために尽力している。

在宅医療に自分の居場所を見つけた

—歯科医師として訪問診療に取り組むようになった経緯を教えてください。

歯科技工士だった父に憧れ、中学1年生の頃には歯科医師になりたいと思っていました。東京歯科大学へ進学したのですが、そこで大きなコンプレックスを味わった経験が結果的に今の私に繋がっています。

 

—コンプレックスですか?今の先生とまったく結びつきません・・・

老舗の歯科大学だったこともあり、同級生は親も祖父も歯科医師というサラブレッド家系が圧倒的に多かった。彼らには代々受け継がれてきた“歯科医師イズム”が既に刷り込まれているのに対し、私は歯科技工士の息子。同じフィールドで肩を並べるためには、足りないことが多すぎる。どうすればいいだろう?と悩みました。悩んだ末、現場で学ぶしかない!と思い立ち在学時代から歯科助手として歯科医療の現場で働かせてもらえるクリニックを探し、様々な門戸を叩きました。

 

—具体的にどんなことを学ばれ、訪問診療へ行き着いたのでしょうか?

最初は、いわゆる最先端の歯科治療を学びたくて、アメリカで補綴(噛み合わせ治療や審美歯科などの専門分野)を学んだ先生が開設された東京・虎ノ門の歯科医院に勤務して、自由診療を含めた歯科の総合的な基礎を学ぶことができました。その次に師事したのが、ファミリー層が多い郊外のクリニックで専門的な歯内療法(根管治療)に力を注いでおられる先生で、そこで歯科医療のグローバル・スタンダードを勉強しました。そして、3番目に入職させていただいたのが地域密着型の歯科医療を長年続けていた川越市の歯科クリニック。そこで在宅歯科医療との運命的な出会いを果たしました。20年以上前のことです。

 

—歯科の訪問診療は珍しかった時代ですね。

当初は、もの凄いショックを受けました。歯科=外来診療がスタンダードだと思い込んでいたけれど、自力で歯科医院へ通うことができずに困っている患者さんが、こんなに大勢いらっしゃるのか!と。しかも、その多くの方の口腔内は治療が必要な状態にもかかわらず、必要な手がまったく届いていない状態。ほとんどの歯科医師はこの状況を認識できていないのでは?と。それまでと世界観がガラリと変わりました。グローバル・スタンダードやいわゆる最先端?を目指すのも歯科医師として素晴らしい志には違いない。でも、私の居場所はそっちではなく、ここなんだ!って。今振り返れば、神様に与えてもらった出会いとタイミングだった気がしています。

 

在宅歯科医療で重要なのは「リハビリテーション」

—訪問診療の現場に出られて初めて感じた、外来診療との違いはありますか?

歯科治療は診断に沿ってやるべき処置が決まっている医療で、外来診療はどちらかといえばパターン診療に近い。クリニックごとに「こういう治療が得意です」という専門性も打ち出しやすく、患者さん自身が明確な目的を持って歯科医院を選び、歯科医師もその要望に全力で応えるという関係性が一般的です。

訪問診療の場合、診療の場は診療室ではなく患者さんの生活の場です。ご高齢になるほど複数の疾病や傷害をお持ちであるケースがほとんど。持病の内容や進行状況によって、単純に思えるむし歯治療における麻酔1本の処置も熟慮する必要があります。主治医との情報共有、ご本人・ご家族の意思を確認した上で総合的な判断をしないと、治療方針をミスリードする怖さがあるんです。

 

—歯や口腔疾患の背景に、根本的に改善すべき原因が隠れている場合も?

その通りです。たとえば、寝たきりの患者さんが食べられなくなり「入れ歯(義歯)治療」の依頼があったとします。オーダー通りの入れ歯を新しく作ってあげても、食べられないケースがあるんです。患者さんに口腔機能低下症状がある場合です。

咀嚼障害には、歯や義歯の欠損や噛み合わせの不具合によって起こる“器質性咀嚼障害”と、歯以外の下顎や舌などの運動障害や脳や神経の疾患が誘引となっている“運動性咀嚼障害”があり、どちらのタイプかによって治療方法が異なります。義歯が悪いのではなく、義歯を使う運動機能に衰えがあれば、義歯を作製しただけでは根本改善にはなりません。解決を目指すためには、運動機能に焦点を当てたリハビリテーション・プランが必要となります。

 

—治療の正解が見えにくい分野でもあるんですね。

心を開かないと、口も開いてもらえません歯科に限らず、訪問診療で最も大切なのは患者さんとご家族の想いです。診療依頼に至った動機や期待を紐解くためのコミュニケーションが重要だと考えています。

特に、患者さんご自身が認知症の場合は、ご家族の想いが前面に表現されることになりますので、正しい答え=誰にとっての?という視点も忘れてはいけない。なぜ、診療依頼に至ったのだろう?本当はどんなことを期待しているのだろう?なぜ、今日は少し浮かない表情をしていらっしゃるんだろう?そんな風に考える癖も自然に身についていきましたね。

▲「歯科訪問診療は正解が一つじゃないのが難しい反面、やりがいがあるんです」と語る三幣先生。自由診療、保険診療、外来診療、訪問診療といった様々な歯科治療から盤石な知識と技術を築いた。

 

歯科訪問診療を広く浸透させるための活動期間を経て「食サポート歯科」へ

—訪問診療に特化した医療法人社団「コンパス」をご自身で立ち上げたのは?

今から10年前、33歳の時です。川越での経験を通じて、歯科訪問診療の重要性・必要性を痛感しました。しかし、ひとりの医師が両手で支えられる数には限界があり、手の隙間からこぼれてしまう患者さんがどうしても出てきます。だから、訪問診療に特化した歯科クリニックを組織化して、もっと幅広い地域に活動を広げ、歯科治療や口腔ケアが必要な患者さんの要望にきちんと向き合えたらと考えるようになりました。

最初から複数のクリニック展開を想定していたので、開業前に社会福祉事業や医療連携について研究を重ね、マーケティングリサーチもして開業場所を絞り込みました。そして、複数路線が交差するターミナルエリアである東京・赤羽をスタート拠点に、8年間で全国8エリアに拡大。歯科医師・歯科衛生士の参加者が約140人規模の組織へと成長しました。

 

—凄い!その結果に満足せず、さらに新たに「食サポート歯科」を開いたのはなぜですか?

「コンパス」を立ち上げてからの10年間は、在宅医療における歯科の役割が今後もっと重要になってゆくであろうという予測のもと、歯科訪問診療のパイオニア的な旗振り役のひとりとして、その認知度を高めるための活動期間でもありました。

訪問診療の現場でご高齢の患者さんやご家族と深く関わってゆく中で、単純に歯科治療が求められているのではなく、「食べる」ことに対する不安や悩みを抱えていらっしゃる方が多いことに気づきました。

在宅医療でQOL(クリティ・オブ・ライフ)の維持・向上を図る上でキーポイントとなるのが、「食べること」です。「食べることって大事だよね?」という問いかけに、NOを返す人っていないですよね? 食べること=全てを改善できるほど万能じゃないけれど、人間の根源的な喜びとなり、生きがいにつながる場面は数多く存在します。

歯科医師が口腔のスペシャリストとして、そんな「食べる喜び」の実現のためにできることは、歯科治療のみならず、口腔ケア、口腔リハビリテーションなどたくさんあります。そのことを今度は医療・看護・介護などの多職種との密度の濃い連携と協働を通じて、発信してゆく段階だと感じました。

 

—現在、どんなチーム編成で「食サポート」を提供されているんですか?

歯科医師が私を含めて4人、常勤歯科衛生士が6人、非常勤歯科衛生士が2人、管理栄養士が1人、バックヤードで細やかな事務仕事を全て担ってくれている常勤職員が4人です。訪問診療は、歯科医師と歯科衛生士がペアを組んで行うことが多いですが、歯科衛生士が口腔衛生管理指導や口腔リハビリテーションで単独訪問介入する場面が増えています。

訪問先はクリニックがある藤沢市、鎌倉市、茅ヶ崎市、横浜市の一部を中心に、居宅や病院、高齢者施設などで、およそ400人の患者さんを診療しています。

 

主治医ではない歯科専門医だから気づける・支えられるメリットも

—患者さんの主治医とはどうやって連携を図っているのですか?

歯科医師は患者さんの主治医ではなく、担当専門医のひとりです。基本的には、本人・ご家族のご要望に基づき、在宅主治医や担当ケアマネジャーを経由して、歯科・口腔疾患対応や摂食嚥下機能の検査、口腔リハビリテーション等の介入依頼をいただきます。連携手段としては、紙ベースでの連携だと診療情報診断書の交換になります。しかしながら、細かいニュアンスを知りたくてこちらから電話することもしょっちゅうありますし、主治医の先生のクリニックへ出向くことも。ケアチームの関係者同志が顔の見える関係になれた方が、本人やご家族にとっていいでしょ?だとしたらそのために“先に胸襟を開いてアクションできるか?だけ”の問題ですよ。歯科医師から積極的に働きかけるのがレアケースだったのなら、だからこそ踏み込んで切り開いてゆく必要があるんです。

最近は、口から食べる大切さが認識されてきて、摂食嚥下障害や口腔機能低下に対する歯科医療の役割を認知してくれている方が増えてきたので、早い段階から介入できる事例も増えてきましたね。主治医の先生がSNSでグループを作り、そのメンバーに歯科医師として加わるというコミュニケーション手段も増えてきました。

 

—主治医とは違う立場の専門医だからこそできることはありますか?

どんな人でも命には限りがあり、人生の旅路には必ず終わりがきます。自分の燃料を上手に使い切り、長い飛行を続けた身体を静かに着陸させる。それが安らかな最期に繋がります。その燃料の積み方、使い方を支援するのが「食」サポートの役割。

どれだけの燃料をどのように積むのがベストかは、なかなか難しい判断ではありますが、患者さんご本人とご家族を中心に、医療者や介護者を含めたケアチーム全員の納得感がより高い合意形成を導き出すことが大切です。その場に歯科医師としてどのように関わり、支援を果たしてゆくべきか。どんな役割でも果たせる可能性があると私自身は思っているので、今後もっと突き詰めたいテーマでもあります。

実は、「場」というのは、強い声に引っ張られたり、雰囲気で流されてしまったり、意外と移ろいやすいものだと感じています。そんな時に、歯科医師という中間的な立ち位置の専門医が介入することで方向性を微調整できることもあるのではないかと考えています。

 

—そう実感されたエピソードがあれば。

病院から手を尽くせる医療措置がもう何もなく、お看取りのためにご自宅へ帰ってこられた患者さんの事例ですが、点滴での栄養摂取もなく、絶飲食状態で戻っていらしたんですね。誤嚥性肺炎を起こすリスクが高いので、ご家族もヘルパーさんも看護師さんも食べさせて誤嚥させてはいけないと怖がっている。その状況にたまたま接して、場の雰囲気に違和感を覚えたんです。枯れるようにお亡くなりになるのを全員で見守っている状況に、緊張感で凍り付いた場の雰囲気があって・・・。

 

—そして、先生から働きかけたんですか?

ご家族もヘルパーさんも心のどこかで、このままでいいのかな?と疑問を感じながら言い出せない雰囲気だったので、私がその場に入ってゆき、誤嚥しないよう細心の配慮をしながら患者さんの口にお水を含ませたら、飲んでくださったんです!それも美味しそうに。

生きる意欲がまだご本人にはある何よりの証拠ですよね。それまで緊張感で凍り付いていた場も一気に和みました。

ご本人の生きる意欲があるという意思表示を受けて、ご家族が航路変更と着陸までのイメージを描き、ケアチームがその想いに伴走しながら支える。そういうお看取りのカタチも“あり”だと思うんです。誤嚥するリスクは確かにあるけれど、ご本人が欲していらっしゃる限り、それに応えるという選択もある。むせるから食べさせない、転ぶから寝かせきりにする。それも選択肢の一つならば、リスクを知った上で、全力で受け止める選択肢もあるわけです。私たち食サポートメンバーがケアチームの一員として介入することで、より多くの選択を支えることができると思っています。

▲「患者さんと家族のために、どう立ち振る舞うのがベターか。在宅医療で大切なのは本人や家族の想い。それを慮るために必要なのがコミュニケーション。想いの先に必要な治療やケア方法が自ずと紐づいてくるもの」と三幣先生。

 

訪問診療の最前線で活躍できる歯科衛生士の育成に力を注ぎたい

—歯科訪問診療について今後の展望はありますか?

訪問看護ステーションのように、歯科衛生士が単独で患者さん宅を訪れ、口腔リハビリテーション介入や口腔ケア指導ができるような仕組みを作りたいですね。ご高齢患者さんは摂食嚥下障害を起こす前に、まず口腔機能低下が予兆として現れるんです。そこに気づくことができるか。あるいは、そこに至るまでにいかに予防するか。歯科衛生士が介入して口腔リハビリテーション介入や口腔ケア指導を行うことで、摂食嚥下障害を未然に予防できるはずです。

 

—確かに高齢者はひとりで歯を磨くだけでも大変なことですね…。

口腔機能の低下に伴って口の中が不衛生な状態になり、乾燥したり、舌の力が衰えて会話ができなくなったり、かたいものが食べられなくなったりするという予兆が、訪問診療を通して気づくことができます。外来診療でも定期受診を通して歯周病やむし歯などの感染性疾患をマネジメントしますよね?訪問診療の場合は歯周病やむし歯の背景に潜む口腔機能低下症に対するマネジメントが、とても重要となるわけです。食べるためのお口の健康を維持できる方法が分かっているんだから実践しましょう!というだけのことです。

 

—そのために必要な環境整備など具体的なイメージはありますか?

まず、「口腔リハステーション」みたいな“地域の場”を創りたいですね。これは今期中(2018年春まで)に実現したい明確なビジョンの一つです。たとえば、地域のケアマネジャーさんから口腔リハステーションにオーダーが入り、歯科衛生士が中心となって担当歯科医師に依頼をかける、という流れが確立できたら理想的ですね。とにかく最前線で歯科衛生士が活躍できる場にしたい。患者さんやご家族、地域の高齢者施設などから、歯科衛生士のチカラが期待される機能、場面、役割の要請をたくさん受けています。その実現に向けて何とかしたいという想いもあります。

また、歯科衛生士が仕事の進め方について現場で感覚的に動くのではなく、目的意識をはっきりと持って現場の状況を分析し、コントロールできるような“プロジェクト・マネジメント”の体系化をできないか摸索中です。それができれば、歯科衛生士+食サポートカウンセラーという新たな役割と付加価値が生まれるのではないかと期待しています。

▲歯科衛生士がやりがいを持って働ける、場の創造にも情熱を注ぐ三幣先生。口腔リハステーションを通して、「歯科訪問診療の可能性も広げたい」と強調する。

 

取材後記

最近その重要性が認知されてきた歯科訪問診療に10年以上前から取り組んでこられた三幣先生。クリニックには患者さんや家族から届いた感謝の手紙が数え切れないほど届いており、口腔ケアが食べる支えとなり、生きる喜びへと繋がっていることを物語っていました。また、三幣先生の想いの奥に医科歯科連携の強化はもちろんのこと、歯科衛生士の活躍の場と未来まで見据えたビジョンが広がっていることにも、驚かされました。先生が思い描く “口腔リハステーション”の実現が待ち遠しいです。

◎取材先紹介

湘南食サポート歯科

神奈川県藤沢市本藤沢1−10−14
電話:0466−84−2000
http://sss-dental.jp

 

<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

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