世界を見て辿り着いた在宅医療。そして予防医療で未来をつくる。-医療法人アクア・アクアメディカルクリニック 理事長 石黒 伸-

大阪のメインストリート御堂筋のほど近く、地下鉄の本町駅から徒歩3分ほどの場所に構えられたアクアメディカルクリニック。「コウノメソッド」実践医療機関として、2011年に開設しました。“動きやすさ”からこの地を選んだという石黒理事長は、訪問診療を中心に約150名の在宅患者さんを抱え、大阪市内を奔走する日々。
フットワーク軽く、バイタリティあふれる理事長に、在宅医療に取り組むようになったきっかけや熱い想いを語っていただきました。

2月24日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

<ドクタープロフィール>

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▲石黒 伸さん(いしぐろ・しん)さん

医療法人アクア・アクアメディカルクリニック理事長

幼少期に読んだ野口英世の伝記に影響を受けて医者を志し、愛媛大学医学部卒業後、愛媛大学病院泌尿器科に所属しながら、大阪大学の大学院へ。中退後はフリーランスとなり、さまざまな医療機関で経験を積む。31歳の時に、横浜市内で在宅医療を中心にするクリニックを開設し、在宅医療の世界へ。34歳でコウノメソッド実践医として大阪・本町に「アクアメディカルクリニック」を開設。

『健康』な状態を最期までキープできる予防医療を目指す

―ご専門は泌尿器科だったとお聞きしました。

愛媛大学時代から、国内留学をした大阪大学時代まで、当時は泌尿器科で腎不全患者の腎移植手術にずっと関わっていました。けれど慢性腎不全の患者は年間でおよそ4万人増。近年、腎移植する患者は年間約1400人で残り数万人の患者は、週3回ひたすら透析を続けないといけない。
腎移植手術した僕たちは「よかったね、治ったね」という達成感があるけど、マクロな視点で見ると、未然に防げる予防的なことをしたほうが数万人の患者さんを救えるじゃないかと思ったんです。

僕らが考える予防というのは、“健康”な状態を亡くなる時までキープするというもの

(※WHOの健康の定義:健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。)

ただ日本は予防という意味では、まだまだ遅れてる。そこで、僕らがやっている近代医療とは違う、予防につながる代替医療を見て回ろうと、東南アジアはじめ、いろいろな国へ足を伸ばしたんです。

―その時に在宅医療に興味をもたれるようなきっかけが?

福祉国家と言われるフィンランドを訪れた時の、老人ホームですね。広い空間にはボルダリングの壁やいろんな運動器具があって、プールではパーキンソン病や重度神経難病の人も首に浮き輪をつけてプカプカ水中リハビリです。アロママッサージを受けられるセラピー室もあったり。すごく明るく爽やかで、まるでリゾートホテルでした。

一方、働いている医者や看護師、セラピストはチームで動いていて、立場の差なくみんなでディスカッションしながらケアにあたっている。いろんな職種が自分の専門性を誇りにもちながら取り組み、対等に働ける。これぞチーム医療だなと思いましたね。

当時の日本の総理大臣が、同時期にフィンランドへ視察に来られていたのも決め手でした。国の目指すところがこの国にあるということは、日本がこれから進む道もここにあるんだと。自分が魅力を感じた医療に需要があるなら!と思ったわけです。

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▲熱帯魚の水槽やグリーンも配置され、内装も先生も爽やかマックス!
外来診療も完全予約制で月4回受け付け。

認知症の治療に悩み、「コウノメソッド」と出会う

―帰国されて開業されるまでの経緯というのは?

最初に開業したのは、僕が30歳の時。横浜市内のクリニックでした。フリーランスの時に、救急当直をしていた病院へ出入りしていた業者の方が、老人ホームの1階に開業するクリニックの医者を探していたんですよ。在宅医療を始めたのはその時ですね。

腎不全を専門にやっていた時の患者さんは、それこそ子どもからお年寄りまで、すべてだったので、外科医といえども内科的なことも、ひと通り習得済み。在宅医療にも違和感なく取り組めました。
ただ、認知症という症例だけは、実際に見たことがなかったんです。施設の廊下をずーっと歩いてる。名前を呼んでも、無視してずっと歩いてる。これが徘徊か!と、初めて目の当たりにしたんですよ。治療法もまったく知らなかった。

当時、多くの医者は、ある抗認知症薬を処方していました。右に習えで僕も同じものを出していたんです。しかしながら、その薬を飲み始めて生活の質いわゆるQOLが改善したと思える人は2割程度。あと6割は投薬前に比べて、食欲がなくなるとか、歩き方が悪くなるとか…元気がなくなる。逆に怒りっぽくなったとか、被害妄想が強くなったとか…。残りの2割は飲み込みが悪くなり誤嚥性肺炎で救急搬送。でも、それが老化の進行なのか、認知症の進行なのか、クスリの副作用なのか…区別がつかないんですよね。

―そこで、先生は疑問を感じられたんですね。

疑問というよりも、目に見えて悪くなっていく患者さんに、決められた量の薬を機械的に処方し続けるだけなら、自分は要らないのでは?と。正直辞めようかなと思うぐらいに悩んでいたんです。

そんな頃に、ネットで『重度認知症をハーブエキスで治す』という得体の知れない本を見つけました。めちゃくちゃ気になって読んでみると、まさに僕が処方していた抗認知症薬の副作用について書かれていて、疑問がスッと解消されたんです。この本の著者が「コウノメソッド」で有名な河野和彦先生でした。

本を読んで早速2日後に河野先生のクリニックへ伺ったら、僕の想像をくつがえす認知症医療がそこにありました。認知症医療というと、暗いイメージをもっていましたが、河野先生のクリニックは明るい希望に満ちていました。河野先生は過去、日本で一番多く抗認知症薬を処方してたけど、やめたり減らしてみたりしたら症状が改善したと。その膨大な臨床経験に基づいた治療体系こそが「コウノメソッド」だったんです。僕の疑問は間違ってなかったんだと思いました。

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▲石黒理事長は「家具の配置やトイレ、暖房器具などのほか、台所に置かれた食べ物や飲み物、調味料などから、疾患の原因がわかることもある」と話す。

家族のように寄り添い、かつ結果を出す。それが在宅医療の大事な部分

―そして「コウノメソッド」の実践医になられるわけですね。

そうです。横浜のクリニックを後輩に引き継いで、僕は34歳の時にアクアメディカルクリニックを開業しました。ただ現在、実践医は全国で大体350人。関西では5~6人ぐらいで、まだ少ないし、認知度も低いんですね。そこでまず大阪市内の病院の地域連携室に、こういうことをやってますって、自分を売り込みにいったんです。そうすると在宅患者が徐々に増えてきました。

次に、そこで知り合ったケアマネージャーさんたちに声をかけて、クリニックで月1回、『認知症お困りごとセミナー』という無料セミナーを始めたんです。「コウノメソッド」の内容や改善について動画でプレゼンをして、1年後には患者さんが120人になっていました。

僕はコウノメソッドを応用した在宅医療の新しいスタイルを確立しました。だから結果が出せる。手ごたえは相当ありますよ。

―外来でなく在宅診療をメインにされているのは理由があるのでしょうか?

外来の問診では見えない、生活環境を覗くことでわかることがあるんです。たとえば右足を何度も骨折する患者さんの家には、適切な位置に手すりがなくて、生活ルートの右側に尖った家具がいっぱいあったり。こういうことは問診だけではわからないし、訪問医療だからこそわかることや、気づく疾患の原因もあるんですよ。

たとえば、必ずご自宅のトイレをお借りしてチェックするんですけど、冬場はすごく寒い家が多くて。寒くて血圧が上がったところで、力を入れて排便すると急にストンと血圧が落ちて、便ショックになるんです。それがわかれば、温度差をなくす工夫の指導もできるんです。

他にもベッドにエアコンの風が当たっていれば、乾燥しすぎてしまう。皮膚はガサガサ、目や耳には垢がカチカチにたまって。鼻も詰まって息がしづらいので、口呼吸になれば口腔内乾燥からインフルエンザにもかかりやすくなります。だからベッドの位置や暖房器具の指導をしたり、と。そういう生活の中にも改善ポイントがいっぱいあるんです。

―ご自宅の生活環境を整えるまで気を配りづらい方も多いでしょうね。

ご老人はなかなかできないですからね。だから、iPadで通販サイトを見せて「このヒーター買おうか」「あ、こっちのサイトの方が安いわ」とか(笑)、探してあげるんですよ。もちろん老老世帯だったら、「僕、買うとくわ」「同じ値段で翌月請求に入れとくけど、いい?」って。

逆に僕のiPadを見て「先生、それ、すごい便利だね」と興味を持ってパソコンを買った92歳のおじいちゃんもいます。最初は僕が横で手取り足取り教えたんですけど、今は通販サイトで自由に買い物してる。そうやってパソコンを使うことで、その方はまた活き活きと元気になって、“健康”な生活を送ることができるようになったんです。

“健康にする”イコール“僕らの役割”なんです。医師法の第一条に、医師の役割は「国民の健康を守る」ってあるんです。一番基本なんです。そして家族みたいに寄り添うだけでなく結果もきちんと出す、それが在宅医療なんです。我々は、患者さんの療養生活を支えるチーム、プロ集団であるべきだと思うんですね。

医者が在宅医療に取り組めば、ヒトとしても大きくスキルアップできる

―在宅医療をされるうえで大切にされていることはありますか?

英語で「To be good」と「To do good」という言葉があります。To be goodというのは善い行いをするコト。To do goodは正しいことをするコト。この2つって似て非なるコトなんですね。決して正しいコト、イコール、善いコトじゃないよと。一般的に正しいとされることのなかには、覆されることもいっぱいありますから。それと、僕が大好きなスティーブ・ジョブズの名言のなかに、物の見方、捉え方を変える、という「Think different」という言葉があります。

スタッフにはいつも「To be goodな人になりなさい」、そして既成概念や固定概念、マニュアルにはとらわれず、「常にThink differentでいなさい」と言っています。それぞれの患者さんにとって、どうしてあげることが一番いいのかを、常に柔軟に考え、ベストな行いをしていくということが、いちばん大切にしていることですね。

―今後の目標はありますか?

次はもともと僕がやりたかった予防の世界に深く入っていきたい。自然に近いものをおいしく食べれば、健康になれるんじゃないか、結論それが予防になる…やっぱり食なんですよね。そこでまず、2016年11月にクリニックがあるビルの1階に「HARU JUiCE」をオープンしました。“コールドプレスジュース”という、熱を加えずに圧搾することで、野菜自体の栄養素や旨味を壊すことなく抽出できる低温圧搾ジュースを販売しています。素材となる野菜や果物はとことん無農薬と自然農法にこだわっています。

高齢者は噛み合わせや歯自体が悪い人が多く、葉物や根菜類をなかなか食べれない。ならば、おいしくて安心安全な野菜やフルーツを飲みやすい飲み物として御提供できればと。車椅子での外来診察帰りに店へ寄るのを楽しみにしているおばあちゃんもいるし、嚥下の悪い在宅の患者さんでも、お粥は食べないのにこれなら飲むって人もいて、すごく御好評いただいています。

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▲『あなたのカラダにぴったり』がHARU JUiCEのキャッチコピー。安心安全野菜の仕入先を探して、たくさんの農家を1年かけて自らまわったという石黒理事長こだわりのお店。

「HARU JUiCE」
〒541-0054 大阪府大阪市中央区南本町 3-1-16 AQUA MEDiCAL CAMPUS 1F
TEL / FAX 06-6484-7818
http://haru-juice.com

 

―在宅医療をこれから目指そうとされる方たちにメッセージを。

在宅医療は、1人の患者さんを長期にわたって診るものですからすごく勉強になりますし、医者としてもヒトとしても相当スキルアップできると思います。そこには学び、気づきがものすごくたくさんあるので、医学書を読むよりも勉強になると思いますね。しっかり患者さんに寄り添いながら、かつ結果が出せる医療に取り組みたいという方であれば、在宅医療とコウノメソッドが僕は最適だと思いますね。

―2月ぐらいに本を出版されるとお伺いしましたが。

はい。2017年3月2日に、認知症と在宅医療について、たくさんの症例を踏まえて書かせていただいたものを、現代書林から発売します。Amazonでも買えますので、ぜひ一度、手にとってご覧ください。

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「告白します、僕は多くの認知症患者を殺しました。 」
~まちがいだらけの日本の認知症医療~

取材後記

明るくバイタリティに溢れている石黒理事長。どんな話もわかりやすく噛み砕いて話してくださる様子は、患者さんお一人おひとりにも丁寧に接しておられるであろう姿を想像させてくださいました。訪問診療だからこそできること。療養生活を全方位から支え、家族のように親身になって寄り添う、そのきめ細やかな診療こそ、在宅医療におけるいちばん大事な部分ではないかと考えさせられました。

◎取材先紹介

医療法人アクア・アクアメディカルクリニック

〒541-0054 大阪府大阪市中央区南本町 3-1-16 AQUA MEDiCAL CAMPUS 4
TEL 06-6281-9600 FAX 06-6537-1996

<取材・文 梶 里佳子/撮影 前川 聡>

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