在宅医療が日本の医療最前線だと信じて医療法人光輪会 理事長・さくらクリニック院長 |柳楽 知義

2004年に設立し、主に高齢者向け介護施設への訪問診療を長年行ってきた「さくらクリニック」。現在は、関西5拠点・関東1拠点のクリニックネットワークを展開。設立から間もない段階から電子カルテを導入して医師・看護師の情報共有化を整備するなど、先進的な取り組みも行ってきました。
取材させていただいたのは、2006年から院長を務め、現在は医療法人全体の理事長も務めている柳楽先生。在宅医療の分野へ進んだきっかけ、現場のドクターとして長年、訪問診療に携わってこられたご苦労や気づきなどを伺いました。

9月23日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ
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▲柳楽 知義(なぎら・ともよし)先生
医療法人光輪会 理事長 兼 さくらクリニック 院長
大阪医科大学医学部卒業後、大阪医科大学病院、松原徳洲会病院、八尾徳洲会病院で心臓外科医として勤務。2006年(平成18年)、開設2年目を迎えたさくらクリニックの院長として就任。現在、医療法人光輪会の理事長も兼任する忙しい日々。

大学病院の外科医として訪米して出会った、ホームドクター制度

—在宅医療の道へ進むきっかけは?

大阪医科大学病院で心臓外科医として働いていた30代の時に、研究で2年ほどアメリカへ留学して「ホームドクター」制度を知りました。いわゆる“かかりつけ医”によるプライマリケアで、アメリカでは各家庭ごとに専属のホームドクターがいて、具合が悪くなったらホームドクターがまず診療し、必要に応じて大病院や専門医へ引き継ぐ流れが10年以上も前に確立されていました。

私の家族も滞在中ホームドクターのお世話になりました。特に子どもがよく熱を出したり具合が悪くなったりしたので、本当に親身になっていただいて。50代の男性ドクターでしたが、いつも穏やかで優しい笑顔が印象的で・・・。何かあればホームドクターが診てくれるという安心感を利用者として実体験し、とても良いシステムだと思うようになりました。

—アメリカ留学が一つのターニングポイントに?

そうですね。帰国後、病院でそのまま医師を続けていくべきか迷いはじめていたところ、このクリニックの設立メンバーの方に声をかけていただき、非常勤の医師として入ってみて、訪問診療の魅力に惹きこまれました。
当たり前のことですが、病院へは病気になってからしか患者さんは来られませんし、病気を治療して退院されればご縁も薄れてしまいます。ですが、在宅医療は病気の治療だけが目的ではなく、その前後もずっと患者さんと寄り添い、最期の瞬間まで医師として見届けることができます。患者さんと時間をかけて信頼を積み重ねてゆけるのが、素晴らしいところです。

「電子カルテ」導入で、365日24時間リアルタイム更新と情報共有が可能に

—こちらのクリニックについて教えてください

設立以来、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など、高齢者施設への訪問診療に特化して力を注いできました。当初からあるのが当院「さくらクリニック」で、高齢者施設の増加とともに多くの依頼をいただくようになり、現在は関西5拠点(大阪市・高槻市・堺市・西宮市・奈良市)と関東1拠点(横浜)のクリニックで、合計12人の医師・14人の訪問看護師が日々頑張っています。

—訪問施設ごとに担当ドクターが決まっているのでしょうか?

基本的には1施設1ドクターの担当制ですが、入所者が100名以上の施設の場合は2人の医師が兼任して診る場合もあります。患者さんに何かあった場合のファーストコールは担当医に入り、出張等で連絡がつかない時のためにセカンドコール当番の医師を毎日交代で決めています。それでも対応が追いつかない時は最終的に私へ連絡が入る仕組みです。

—「電子カルテ」を導入されたのは、いつ頃ですか?

クリニック設立当初からです。診療がクリニック内で完結できれば電子カルテは必要ありませんが、訪問診療の場合は往診先や移動中に急な往診依頼の連絡が入ることも多く、夜間は自宅待機になります。全ての医師が外出先で患者さんの最新情報を共有できるのが、クラウド型電子カルテのメリットです。
現在は医師だけでなく、看護師も1人1台専用タブレットを持っていて、往診記録や検査結果など、常に新しい情報を更新し、緊急時に全員が備えられるようにしています。

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▲院長である現在も1日に複数の施設を往診する忙しい日々。事務局の方が「実は柳楽先生が一番、多くの患者さんを担当されています。絶対に断らないんですよ」と教えてくれた

高齢者施設に特化した訪問診療ならではの苦労も

—施設の訪問診療では、どんな点に気を配ってきましたか?

患者さんと医師・看護師の間に、各施設スタッフさんが介在するため、患者さんの症状の訴えやご家族の思いが伝わってくるスピードに、どうしてもタイムラグが起こります。施設の方たちとのコミュニケーションや信頼関係を築くことが、患者さんのために何よりも大切で、また苦労するところでもあります。

施設によって介護方針が異なり、スタッフの経験値にも差があります。同じ介護ヘルパーさんでも、患者さんのことをよくご存知でご家族からの信頼も厚く、何でも相談できる経験豊富な方もいれば、何を聞いても「私ちょっと分かりません」という反応しか最初は返ってこない人もいますから。
それでも地道に諦めず時間をかけて、少しずつ施設側との関係性を築いてゆくわけですが、ようやくチームとしての連携がスムーズになり始めた!と思った頃に施設のスタッフさんが辞めてしまったり、人の入れ替わりが激しいのも頭が痛いところです。

—在宅医療に携わるドクターも、十分とはいえませんか?

うちのクリニックに限らず、そうだと思います。例えば、時々ご依頼はあるのに応えきれていない一つが小児在宅医療の分野。困っておられるご家族は多いのに、小児科医そのものが不足していて、在宅医療にまで手が回っていません。専門性の高い在宅ドクターが増えれば良いのでしょうけど、なかなか難しいのが現状です。

また、訪問診療は24時間・365日対応が当たり前なので、医師が年を経れば体力的な限界も出てきますし、かといって医学部を卒業したばかりの経験の浅い医師では即戦力としては不十分。ある程度、病院などで経験を積んだ中堅キャリアの医師が在宅医療に入ってきやすいシステムを整えることも今後は課題になると考えています。

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▲笑顔と明るいムードが漂うクリニック。「看護・介護を担う多くが女性。彼女たちにとって働きやすい環境整備も今後の在宅医療・介護の共通課題といえるでしょうね」

日本の医療の最前線を担っている!という誇りを忘れてはいけない

人材不足などの課題解決のために、今後どんなことが必要でしょうか?

まず、在宅医療に携わる人々のステータスの改善です。大学病院の医師と比較されたり、訪問診療ドクターのステータスが低く扱われている側面があるように感じます。在宅医師も病院医師と同じように悩み、傷つきながら日々懸命に取り組んでいます。病院勤務・在宅医療どちらがラクだとか、レベルが高いとか、比べることに「NO」と言いたいですね。

日本は今、超高齢化社会へ突入し、国の政策としても在宅医療・介護を推進しています。つまり、在宅医療の医師たちは日本の医療の最前線で戦っているんです。そのことに誇りを感じて取り組んでほしいと思います。

施設スタッフや入居者のご家族への働きかけも必要?

患者さん本人が、終の住処として選んだはずの自宅や施設で最期を迎えている方はまだまだ少数派で、多くの方は病院で亡くなっています。施設の介護スタッフや看護師の中にも「看取り」を経験したことがない世代が増えていますし、患者さんのご家族もそうです。看取ることが怖いから、最終的に病院を頼ってしまうのだと思います。

そうした看取りに対する恐怖心を少しでも和らげることができたら、という想いから訪問先の施設でスタッフや入居者のご家族に向けた勉強会を開催しています。老衰とは人間の体が具体的にどうなってゆくことなのか、医療的処置としてどんなことをしてあげられるのか、どんな介護をするのが望ましいのかなど。当初は看取りに否定的だった施設が勉強会を重ねるうちに変化し、最期までお世話をしたいと受け入れられるスタッフの人数も増えてきました。そうした働くスタッフや支える家族の看取りに対する心のケアも大切なことだと思います。

病院や施設に足を運べない、診療を待っている患者さんのために

—クリニックとしての今後の展望はありますか?

今春2016年4月から、居宅(患者さんの自宅)への診療も行うようになりました。最近は病院やケアマネさんからのご紹介ではなく、クリニックのホームページを見て直接、患者さんやご家族から問い合わせがあることもあります。「病院に通えない」「施設にも入れない」「誰も診てくれない」と困っておられる方が、まだまだ大勢いらっしゃるのだと感じています。今後は、外来診療も視野に入れ、医療が行き届いていない一人でも多くの方に手を差し伸べられたらと考えています。

また、情報共有も新しいシステムをどんどん取り入れて、クリニック外の各施設、介護事業所、訪問看護ステーションなどとの連携も強化して、患者さんの診療に活かしたいですね。個人情報管理のセキュリティに配慮した医療介護専用のSNSなど、在宅医療の世界は今まさに日進月歩で進化しているので上手に活用していけたらと考えています。

—最後に、在宅医療に関心を持っている皆さんへメッセージをお願いします

訪問診療ドクター、看護師、介護スタッフ・・・どの道へ進むにしろ、訪問医療に携わる上で一番大切なのは、人の気持ちに「寄り添う」ことです。患者と目線を合わせて話をちゃんと聞ける、共感できる人になってください。私が診てあげる、治してみせる、という一方的なコミュニケーションでは患者さんの心には響きません。

私自身まだまだ至らないところだらけですが、この世界に飛び込んで約10年が経った今も毎日、診療現場に立っています。数え切れないほど多くの患者さんを最期まで診させていただきましたが、不思議なもので日を追うことに、経験を重ねるたびに、患者さんへの感謝の気持ちが強くなっています。「患者さんと心の通う医療・介護」を目指したい人は一緒に頑張りましょう!

取材後記

医師として患者さんを看取った後、必ず「最後まで診させていただき、ありがとうございました」と言葉にして語りかけるという柳楽先生。取材を通して、その穏やかな笑顔と眼差しに接してみて、患者さんと家族が感じている安心感が少し分かったような気がしました。

◎取材先紹介

医療法人光輪会 さくらクリニック
大阪市北区豊崎5−6−10 商業ビル202
TEL:06−6371−8925 FAX:06−6371−8928
http://www.kourinkai.or.jp/

 

取材・文/野村ゆき、撮影・井原完祐

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