末期がん患者と奥様の映画館デートを実現させた医師の想い -医療法人社団楓の風 在宅療養支援クリニック かえでの風 理事長 宮木 大-

東京都町田市木曽にある在宅療養支援クリニックかえでの風は、デイサービス、リハビリステーション、訪問看護、訪問介護を行っている楓の風グループの在宅療養支援診療所として2012年に開院しました。楓の風グループではNPO法人も設立しており、医師・看護師・社会福祉士・介護福祉士・弁護士・行政書士等で理想的な地域医療・地域福祉について定期的に話し合うなど多角的な活動を行っています。
今回は在宅療養支援クリニックかえでの風の理事長である宮木先生に在宅医療のあるべき姿についてなどお話を伺いました。

 

4月7日公開の姉妹サイト ココメディカより転載(在宅医療を応援する情報サイト ココメディカ

 

<ドクタープロフィール>

▲医療法人社団楓の風 在宅療養支援クリニック かえでの風

理事長 宮木 大(みやき・まさる)先生

 

鹿児島大学医学部卒業。卒業後、慶應義塾大学医学部救命救急部で技術研鑽を積み、日野市立病院、川崎市立川崎病院内科・総合診療科副医長を経験。米・ノースカロライナ大学留学等を経て2012年に現職へ就任。

資格:内科認定医、プライマリケア認定医・指導医、救急科専門医 がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会受講済、ICD、JMECCディレクター

専門分野:内科全般、外科、緩和ケア、在宅医療

「医学的な正解」が「現実」に必ずしも合わないと感じた勤務医時代

-以前のお仕事について教えてください。

前職では川崎市立川崎病院の総合診療科に勤務していました。総合診療科では外科以外のすべての診療を行っていたので、様々な症状の方と接する機会がありましたね。ちなみに川崎市はユニークな街でして、武蔵小杉のような比較的富裕層が多いエリアもあるのですが、住民1人あたりの生活保護費が神奈川で一番高いエリアでもあるんです。生活保護の方の場合、病気を治しても再び路上に戻るしかないんですよね。その他、生活保護費をもらっても競馬やお酒ですぐに使ってしまい、次の受給日まで何も飲まず食わず生活するため不調をきたし病院に来るといったケースもありました。

病院に勤務している間に様々な患者を診ましたが、それ以外でも例えば長期入院患者が、孫の入学式には帰りたいと強く思われているのであればその日は退院させたり、誤嚥による肺炎で入院中の方でも、ご飯をどうしても食べたいと本人が言っているのであれば、そうさせることも選択肢なのではないかなぁと思ったり…。
なんというか漠然とですが、患者の現実に対して医療方針があっているのかなという点を考え始めるようになりました。

 

-医療方針があっていないとは具体的にはどういうことでしょうか。

治療計画は病名や症状にあわせて立てられることが一般的ですが、そこには本人の希望が何も盛り込まれてないですよね。我々が医学的に正しいと思って提供していることが、実は現実とあってないこともあるのではと感じるようになり、この辺りのミスマッチを自分でもどうにかしたいと思うようになりました。

▲救急医療出身の宮木先生。「救急と在宅は真逆のように見えて、実はとても似ています。限られたその場の状況で、患者さん本人とご家族にとって最善の治療を行うという点は同じですね。」と話す。

 

患者の自己決定権を重視する医療を実現したい

-医療方針のミスマッチを無くす方法は何かありますか。

たとえば、相模原市に住む末期がん患者の3,000人程度が病院からの帰宅を希望しているのに、そのうち300人程度しか自宅に帰れていないというデータがあります。これは、家族など受け入れ体制の問題もありますが、それよりも多いのが「この状態で帰宅は無理」と医療従事者が判断しているケースです。
患者は医師や看護師など医療従事者の了承を得ない限り、簡単には自宅に戻ることができませんよね。私はもっと、医療従事者が患者本人の自己決定権を尊重していいのではないかと考えています。

 

-とはいえ、医療従事者としての責任から来る対応ではないでしょうか。

ハーバード大公衆衛生大学院教授のイチロー・カワチ教授の調査によると多くの人において「医療は人生の2割程度を左右する」という結果があるそうです。しかし医療従事者の中には、「医療は人生の10割すべてを管理する」という気持ちで患者に接している人もいます。彼らは高齢者の方々を病気でかわいそうだから、弱っているから…と考えているのでしょうが、実は病気になった方や年齢を重ねた方のほうが、今までよりも強い人間になっていたり、生死へ対してより深い考えを持つようになったということはよくあります。今まで自分らしく生きてきた方々に対して、医療従事者の判断で最後の人生の自由を取り上げてしまうというのはどうなのかなと私は思ってしまうのです。

 

-確かにおっしゃることは一理あると感じますね。

現在の医療は「インフォームドコンセント」という、医師が提示する治療方針に対して患者が同意する・しないという考えが一般的ですが、私はもっと、患者の人生や個性に着目して治療方針を提案してもよいのではないかと考えています。

たとえば、飲むと病気は治るけど副作用で手足に震えが出るかもしれない薬があった時に、一般的な社会人でしたら問題ない処方薬でも、バイオリニストの方だったらきっとこの治療法を断固拒否するでしょう。このように一人ひとりの人生設計を考えた上で治療法方針を一緒に考えていく、「シェアードデシジョンメイキング(SDM)」という考え方が欧米では普及しています。もともと糖尿病患者や皮膚疾患を持つ患者等に向けたもので、がん患者等は該当しないと言われていましたが、個人的にはどんな患者でもこの方針が適しているのではと考えており、私はこの発想で日々診療を行っています。

▲「在宅医療では、勤務医時代には考えなかったようなことがたくさん起こります。在宅医療に従事すると一方通行になってしまうことが多いのですが、これからは病院と行き来できるような環境になったら、在宅医療の啓蒙活動としてもいいんじゃないかな?なんて思います。」と在宅医療の今後を語る。

 

在宅医療とシェアードデシジョンメイキング(SDM)

-シェアードデシジョンメイキング(SDM)について詳しく教えてください。

在宅医療って、車を降りた瞬間から診察が始まるんですよね。家の前の道路は坂か?舗装されているか砂利道か?近くにスーパーやコンビニはあるか?お庭は綺麗に手入れされているか?玄関では靴が綺麗に揃っているか?においはないか?こういったひとつひとつを見ることで、家庭の介護力がある程度把握できます。
こんな風に在宅医療は、病院では知ることができない沢山の情報を得ることができるのです。我々は患者を診察するだけではなく、周囲の環境や家族のサポート力も見極めた上で治療提案を行う必要があります。

 

-一人ひとりにあわせた診療がポイントですね。

そうです、そしてあくまでサポートのための治療提案です。在宅医療では、治療よりも患者の希望を優先することが大切です。私は常に、病院からご自宅に帰ってきた患者に対しては、治療の前にまずは戻られた理由を聞くようにしています。

先日も、末期がん患者が自宅へ戻って療養するケースがありましたが、どうして自宅に帰りたかったのか尋ねると、映画を見たかったからというのです。
不思議に思ってどうして映画を見たいのかと改めて尋ねると、元気だった時には奥様と、月に1回は必ず映画を見ていたと言うのです。この方にとって映画は、奥様との「絆」そのものだったのですよね。
最後の絆を果たしたくてご自宅に帰ってこられたのだと私たちも知ることができました。これによって、私たちの治療目的は彼の病気を治すことではなく、「奥様と映画を見に行くこと」になりました。

 

-末期がんの方を映画館へ。なかなかできない取り組みですね。

もちろん、事前に外出できるように様々な準備をしました。車いすでも入れる映画館を調べ、念のため我々も後ろの席から見守る中、お二人は幸せそうに仲良く映画をご覧になっていました。
数日後に、映画での長時間の座位によって腰痛が新たに発症して再入院したのですが、「腰が悪くなってますます大変になってしまったね」という看護師の言葉に対して、この方は「そう?それよりも、映画を見られて、本当に良かった」と何度も何度も答えていたそうです。

その後、この方は病院で亡くなられましたが、在宅医療は病気を治すこと以上に、患者の人生の最後をサポートできる治療を提案することが使命ではないかと考えています。

▲「患者さんの自己決定権を尊重することは最も重要だと思っています。今までの人生を自分で選んできたのに、最後だけ選べないっていうのは違うと思うんです。」と患者さんと一緒に悩むことも在宅医の仕事だと語る宮木先生。

 

在宅医療を通して親孝行、子供孝行の場を提供したい

-2012年開業とのことですが、立ち上げ当時の様子はいかがでしたか。

今でこそ順調になりましたが、開業当時は患者がほとんど来なくて、毎晩風呂で天井を仰いでいました(笑)。それまでに学んだ医学の知識や経営論だけでは、実際は成り立たないんだというのを肌で実感しましたね。…とはいえ、もちろんいきなり潰す訳にはいきません。当時は私と事務員の2名だったので、自ら居宅介護施設を1件1件パンフレット持参で往訪し、新しくできた在宅診療所ですと、挨拶に回りました。

 

-ご自身でも営業活動をされたのですね!

今までビジネス書も沢山読んでいたので、創業期の苦しさなどを理解しているつもりでいましたが、やっぱり他人事ですよね。自分事になると全くそのとおりになどならない。必死になって一人一人の患者に誠意をもって診療をしているうちに、次第に紹介も増えて患者数も増え、軌道に乗り始めました。
今考えれば、大変な時期でもありましたが、とても楽しかったですね。この時の経験があるからこそ、今の自分になっているとも言えますし。

 

-最後に在宅医療の目指す姿について一言いただければと思います。

在宅医療は病院と違って現場に豊富な薬や医療機器はありません。その場で最善の効果を上げることが求められます。時々、在宅医療クリニックの広告などで「家族のように寄り添った医療」といった言葉がありますが、そうは言っても、医師や看護師は家族にはなれません。

まれに患者宅へ頻繁に通うことがサポートだと思っている医療従事者がおりますが、私はそうは思いません。残り少ない時間を少しでも長く本当の家族と過ごしていただけるように、私達は「行かなくていい状態をつくる訪問診療」を心掛けています。
在宅医療は家族にとって親孝行の場でもあり、親が最後に子供にお礼を返すことができる子供孝行の場でもあります。ご本人と家族にとって思い通りの最後を迎えられるように、在宅医療を通して最善の医療サポートを行っていきたいと考えています。

 

取材後記

宮木先生は前職時代、若手医師の指導を行うために立教大のビジネススクールでマネジメント論を学ばれたそうです。さらに現在は、健康・医療に関する情報のあり方について学ぶために京都大大学院医学研究科で健康情報学を学ばれるなど、幅広い情報収集を行っておられます。日々往診や人材育成、経営管理などで多忙な中、新しい知識をどんどん吸収されている様子を伺い、爪の垢を煎じて飲ませていただきたいと本気で思いました。

 

◎取材先紹介

医療法人社団楓の風 在宅療養支援クリニック かえでの風

〒194-0036
東京都町田市木曽東4丁目26番地15
東京町田メディカルビルディング1F
TEL:042-789-5566
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<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

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